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東京高等裁判所 昭和54年(行コ)104号 判決 1982年4月15日

控訴人

金沢武司

右訴訟代理人

大塚龍司

被控訴人

右代表者法務大臣

坂田道太

右指定代理人

天野高弘

外一名

主文

控訴人の当審における新請求を棄却する。

新訴に関する訴訟費用は控訴人の負担とする。

事実

第一  求める裁判

一  控訴人

1  被控訴人は、控訴人に対し、金二〇万円及びこれに対する昭和五四年三月二八日より支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え(当審において請求を変更)。

2  訴訟費用は被控訴人の負担とする。

二  被控訴人

控訴人の当審における新請求を棄却する。

第二  主張

一  請求原因

1(一)  控訴人は、昭和五四年四月八月を選挙期日とする群馬県議会議員選挙に候補者の届出をするため、同年三月二七日、前橋地方法務局高崎支局に公職選挙法九二条による供託をする旨を申請し、その供託書中の供託者の住所氏名欄に同人の住所氏名を自署して押印しないまま同支局供託官細川重次に右供託書を提出したところ、同供託官は、同日、供託書に供託者の押印がないことを理由に、控訴人の右供託申請を却下した(以下、本件却下処分という)。

(二)  本件却下処分には、次の違法がある。

(1) 供託書は、供託申請が供託者本人の意思に基づいてなされたことを十二分に確認できる場合には、これを受理すべきであり、供託書に供託者の押印があることを同申請の要件とすべきではない。さもなければ、いたずらに、民衆に印鑑の所持を強要する悪習を増長させるとともに、諸事務を煩瑣にし、民衆の生活上にも不都合を生じさせる。

本件供託申請は、供託者である控訴人本人が供託所である前記支局に出向き、自らの意思に基づき供託書に自署してなしたものであり、同支局供託官は右事実を認めていたのであるから、押印は不要というべきである。

本件却下処分は、右押印を供託申請の要件とした違法がある。

(2) 商法中署名スヘキ場合ニ関スル法律(明治三三年法律一七号)は、「商法中署名スヘキ場合ニ於テハ記名捺印ヲ以テ署名ニ代フルコトヲ得」と規定し、これによれば、記名押印は署名に代替するものであり、署名は記名押印の優位にあるというべきである(民法七三九条二項、民訴法三二六条等参照)から、法規上とくに署名押印を要求されている場合(たとえば民訴法一九一条参照)は格別、法令が記名押印を求めている場合には、原則として、署名をもつて代え得るものと解すべきである。

本件却下処分は、これを誤解した違法である。

(3) 外国人ノ署名捺印及無資力証明ニ関スル法律(明治三二年法律第五〇号)一条は、「法令ノ規定ニ依リ署名、捺印スヘキ場合ニ於テハ外国人ハ署名スルヲ以テ足ル②捺印ノミヲ為スヘキ場合ニ於テハ外国人ハ署名ヲ以テ捺印ニ代フルコトヲ得」と定めているから、供託規則一三条二項所定の押印についても外国人は署名をもつて代えることができると解すべきである。

本件却下処分は、外国人には署名をもつて押印に代えることを許しながら、日本人である控訴人に対し、これを許さなかつたものであり、憲法一四条の法の下の平等の規定に反する違法がある。

(4) 供託規則一三条二項所定の「押印」は、これを広義に解すべきであり、「印」とは必ずしも氏名又は氏名の一部を顕出する必要はなく、「押印」も木材その他の材質に文字等を刻んだものに朱肉等をつけて押す要はなく、それ以外の材料を用いて円形の中に氏や名又は自署と書いても一向に差支えない。

そうであるとすれば、控訴人が本件供託書の署名の横に自署と書きこれを楕円形の線で囲んだことは、同条項所定の押印に該当するというべきである。

本件却下処分は、これを押印と認めなかつた違法がある。

2  前記支局供託官は、被控訴人の公権力の行使にあたる公務員で、その職務の執行につき、故意又は過失により、前記違法処分を行つたのであるから、被控訴人は、控訴人に対し、国家賠償法一条一項により、これにより生じた後記損害を賠償すべき義務がある。

3  控訴人は、前記違法処分により、前記選挙の候補者の届出をすることができなかつたため、それまで実践してきた公明正大な選挙運動を行う機会を奪われたのみならず、県議会議員として政治活動を行なおうとする意思をも完全にふみにじられた。

その結果、控訴人は、右選挙に立候補する準備に要した費用一五万九、〇〇〇円(内訳 看板等一万二、〇〇〇円、ポスター及び印刷費一三万八、〇〇〇円、日当及び旅費九、〇〇〇円)及び精神的苦痛に対する慰謝料四万一、〇〇〇円の合計二〇万円の損害を受けた。

4  よつて、控訴人は被控訴人に対し、金二〇万円及びこれに対する右違法処分の日の後である昭和五四年三月二八日から支払ずみまで民法所定年五分の割合による損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する認否及び主張

1  請求原因1(一)の事実は認めるが、同(二)の主張は争う。

2  同2の主張は争う。

3  同3の事実のうち前段は争い、後段は不知。

4  控訴人の提出した供託書には供託規則一三条二項に定める供託者の押印がなかつたので、供託官は同規則三八条に基づき本件却下処分をしたものである。右規則において押印が供託書の要件とされているのは、押印によつて供託者の同一性、真意性を表象するものとし、供託官の行うその審査も押印による印影によつてするものとされていることは明らかである。これは、多数の申請を迅速的確に処理する供託制度の性質からとられたものと解される。そして、供託官が供託書の受理決定をするにあたつては、いわゆる形式的要件についての審査をすれば足り、実質的審査権限を有するものではない。したがつて、供託官が同条項所定の押印のない供託書による本件供託申請を不適法として却下したことは当然である。

第三  証拠<省略>

理由

一請求原因1(一)の事実は当事者間に争いがない。

二控訴人は、同1(二)において、本件却下処分の違法性を主張するので、まず、この点について判断する。

1 供託官の行う当事者の申請行為の審査の方法については、いわゆる形式的審査主義がとられている。すなわち、供託手続における当事者の申請行為はすべて要式化されていて、供託法及び供託規則所定の書式によつた文書に所定の添付書類を添え供託所に提出することを要するものとされ、供託官は、これらの提出書類の記載に基づいてのみ右の審査を行うべきものとされているのであつて、審査に当つては法規に拘束され、自己の裁量によつてその当否を決することはできない。

2 これを本件についてみるに、供託規則一三条二項の規定は、押印が供託書の要件の一であることを定めたものであり、押印によつて供託者の同一性、真意性を表象するものとし、供託官の行うその審査も押印による印影によつてすることを定めたものと解するのを相当とする。これは、多数の申請を迅速的確に処理しなければならない供託制度の性質等からとられたものと解され、また、このことは、同規則二六条一、二項が供託物の払渡の請求をする者に印鑑証明書の提出を求めていること及び同条三項が供託書又はその添付書類に押した印鑑と供託物払渡請求書又はその添付書類に押した印鑑とが同一である場合に同条一、二項の規定を適用しない旨を定めていることによつても明らかである。したがつて、供託規則一三条二項に定める押印は署名をもつてこれに代えることはできないといわなければならない。

以上の見地に立つて控訴人の主張につき検討するに、まず、この理は、供託官が供託者本人の意思に基づいて供託申請がなされたことを十二分に確認できた場合にも変らないのであつて、供託官は、要件である押印を欠く供託書による申請を個人的裁量により適法と認めて受理することはできないのであるから、供託官の右確認を前提とする控訴人の主張は、その事実の有無を検討するまでもなく失当である。

次に、商法中署名スヘキ場合ニ関スル法律は、商法の適用される場合について規定したものであつて、わが国における印鑑使用の慣習と供託制度の性質とを考慮して特設された供託規則一三条二項の押印に関する規定を左右するものではないから、これを理由とする控訴人の主張は失当である。

また、憲法一四条は法の下の平等を認めているが、各人には社会的経済的その他種々の事実関係上の差異が存するものであるから、法規の制定又は適用面において右のような事実関係上の差異から生ずる不均等が各人の間にあることは免れ難いところであつて、この不均等が一般社会観念上合理的な根拠に基づき必要と認められるものである場合は、これをもつて憲法一四条の法の下の平等の原則に反するものとはいえない。そして、前述のとおり、供託規則一三条二項の押印に関する規定は、わが国における印鑑使用の慣習と供託制度の性質とを考慮して定められたものであるから、外国人ノ署名捺印及無資力証明ニ関スル法律一条を理由とする控訴人の主張は、供託手続において外国人が署名をもつて押印に代えることを許された事実の有無を問わず、失当たるを免れない。

控訴人は、さらに、自署と書き、これを楕円形の線で囲んだことは、供託規則一三条二項所定の押印に該当すると主張するが、右は独自の見解であつて、これが押印に該当しないことは経験則上明らかであるから、右主張も失当である。

三以上のとおりであるから、本件却下処分が違法であることを前提として被控訴人に対し損害の賠償を求める控訴人の請求は、その余の点について判断するまでもなく、失当である。

四よつて、控訴人の当審における新請求は理由がないからこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民訴法九五条本文、八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(岡垣學 手代木進 上杉晴一郎)

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